ノリピーとダッシュボード

昼間のパパはちょっと違う
昼間のパパはおとこだぜ
昼間のパパはいい汗かいてる
昼間のパパは光ってる
 忌野清志郎


家ではお父さん
会社では課長さん
バスではお客さん
実家ではお婿さん
 ピタゴラスイッチよりうろ覚え


家でのパパと仕事場でのパパは同じだけど違う
怖い学校の先生も家に帰って自分の子どもの前では親ばかだったりする
人はその場その場の状況で何かになっている、演じている
誰しも2面性を持っているものだと思う


ノリピーこと酒井法子が逮捕されたということで
彼女はそんなことする分けない、清純派がなぜといわれるけれど
それは酒井法子を演じているだけでそれが彼女の全てではない
のだけど、結構多くの人が演じている姿だけで人間を判断しているんだなあと改めて思います
表面しか見ていない


表裏のあるもので人に見せていないものから
Tumblrダッシュボードをすぐに連想します
http://tuvuan.tumblr.com/
上のアドレスが僕のタンブラーの表面です
タンブラーというのは非常に面白くて
人にみせる表面だけでなく、僕だけにしかみれない裏側があります
そこをダッシュボードというんですが、
そこには、それこそ薬の話、ロリコン地震水害、政治、エロから料理なんでもござれで
情報がむき出しで兎に角じゃんじゃん流れてきます
表でやれ政権交代だ政治はどうだとかいいながら
その裏には大量のエログロ情報を隠し持っている
人に見せるにはちょっと恥ずかしい面ですね


だからこそTumblrというものは面白いのだと思います
ネットにおいても人間そのものが出ている、出せるということ
そこに人間がいることを無意識で植えつけているそのダッシュボードの流れ


人間の多面性なんてことをグダグダ考えなくてもネットの中でさらっと見せているTumblr
やっている人は人間に対してのリテラシーが少し高いんだろうなあと思ってます